小さなバッグはもう時代遅れだ、という話題がしっくりくるのは、ファッション欄の中だけ。実際のところ、問題はバッグそのものではありません。問題なのは、それが意味を持っていたライフスタイルのほうなのです。
編集者たちはこれをとてもシンプルに説明します。人はスマホに生活のすべてを入れて持ち歩くか、あるいはノートパソコン、充電器、メイクポーチ、水筒が入ったトートを持って歩くかのどちらかだ、と。けれど、それは話の一部にすぎません。
今の人たちは、はっきりとした用途のないものを買うことに、以前よりずっと慎重です。ミドルレンジの価格が10年前のラグジュアリーに近いくらいになっている今、バッグには“働く”ことが求められます。ひとつのコーディネートや、ひとつの夜だけのためでは足りません。いくつものシーンを同時にこなせる必要があるのです。
だからこそ、トートや大きめのショッパー、やわらかくて収納力のあるバッグが、今とても理にかなって見えるのです。仕事にも、打ち合わせにも、街歩きにも、旅行にも連れて行けて、必要なものの半分を家に置き忘れたまま、なんて心配をしなくて済む。これはもう単なる実用性の話ではありません。新しいワードローブの基準なのです。
ファッションはこの変化をすぐに取り入れました。ドレスコードはよりゆるやかになり、デニムは夜の装いにも入り込み、日常着が今では大手ブランドのランウェイにも登場しています。シャネルがジーンズを見せるのは、突然“リアルな日常”を発見したからではありません。すでに日常が、お出かけ用ワードローブの一部になっているからです。だからこそ、今の小さなバッグは以前ほど欠かせない存在には見えません。一日を通して持ち歩くものではないからです。ノートパソコンや水筒、書類、そして人が実際に持ち歩くあらゆるものを入れることはできません。必要性というより、気分のためのアイテムなのです。とはいえ、それは小さなバッグが消えたという意味ではありません。
スマホ、カードケース、鍵、リップグロスだけあれば足りる人もいます。あるいは、そもそも大きなバッグを持ちたくない人もいます。そういう人にとっては、小さなバッグは今でも十分に意味があります。問題は、新品のFendi Baguetteを買うのか、それともリセールで見つけるのか、ということ。
なぜなら、今の小さなバッグは必要性よりも欲望に結びついているからです。そして、必要だからではなく欲しいから買うものは、人はより慎重に考えます。だからこそ、このカテゴリーではリセールがとても理にかなって見えるのです。アーカイブのBaguetteやヴィンテージのPrada、Dior Saddleのほうが、はっきりした使い道のない新作の高価なモデルよりも、よほどしっくりくることが多いのです。
小さなバッグが終わったわけではありません。終わったのは、人々が実際にそれを持ちたくなる場面の数です。ディナー、パーティー、カクテルナイト、そして手のひら半分ほどのバッグが自然に見える外出の機会が、以前より少なくなっているのです。
今では、小さなバッグはもはや定番の買い物ではありません。感情で選ぶアイテムです。まだそれを持つシーンがある人が買うもの。あるいは、自分でそのシーンをつくりたい人が選ぶものなのです。